FC2ブログ
お運び頂き、                    ありがとうございます
プロフィール

new.K

Author:new.K
2009年7月直腸癌宣告
⇒放射線治療後10月手術。
2012年4月肝転移宣告
⇒FOLFOX後12月手術。
そして2014年1月腹膜播種の宣告を受ける。
4/1草津総合病院にて手術を受け、永久ストーマになるもなんとか命を繋いでいただきました。
感染症と戦闘後草津を退院し、現在抗癌剤治療中。
草津でFOLFOXを1回実施後、池田病院にてXELOXに変更したが、オキサリプラチンのアレルギー反応にて断念、IRISに変更するも肉芽皮膚転移より効果が出ていないことより中止。
そしてVB&FOLFIRIに変更。
副作用にて食欲ダウン⇨体重ダウンでヘロヘロとなり業務継続不能なるも在宅高カロリー対応でなんとか継続投与していたが、腸に孔が開き投与中断。
現在ストーマ再建の為、草津にて入院・検査・静養中。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
カレンダー
08 | 2018/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
月別アーカイブ
リンク
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
最新トラックバック

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

手術可能 - これまでの経緯2 -

1/22の腹膜播種⇒手術不可⇒余命というネガティブループな自分だったが、かみさんがネットで米村先生の存在を見つけ、2/22の池田病院での診察を予約してくれた。
かみさんから『手術できるところあるみたいだよ』と聞き、自分でも米村先生や手術についてネット検索を始めた。
手術ができる≒完治可能!
これはこれで凄いと思ったが、逆に大手術であるが故のリスク、今後何があってもこれまでかかっていた病院はもちろん他院でも受け入れてもらえない的な情報も目に入り、これはこれで悩んだ。
家族のこと、仕事のこと、手術可否のいずれが最も延命できるのだろうか?
ほぼ5年間お世話になった通い可能な大学病院では手術できない。
手術できるのは関西。関西に親戚等はいない⇒予後なにかあった場合、関西は遠い。
やっぱりこちらで抗癌剤投与した方が良いのでは?
そんな思いが交錯する中、2/12の診察時にこれまでの主治医の先生に『セカンドオピニオンを受けようと思っている』と言うと、『わかった。すぐに準備する』を即答。
米村先生と池田病院の名を言うと、米村先生のことはご存知のようだったが、やはり方針が違うとのことだった。
2/18に紹介状とPET等の画像データを受け取り、2/22いよいよ池田病院へ。

朝7時半頃家を出て、箱根を越えて池田病院へは9時前着。
この頃は既にお腹が張って、なかなか動作が始まらず、もっと早く到着するつもりがこの時間に。
番号は確か40番後半だったような?
これまでずっと大学病院にお世話になってきた身としては、初めて訪れた池田病院は予想していた以上にレトロな感じでした。
すぐに呼ばれたので、『おっ!』と思ったが、別の待合室に通されただけで、そこには米村先生の診察を待つ方々が大勢。しばらくして最前列のリクライニングチェアが確保できたので、呼ばれるまでそこでうたたね。時折TV前をいいことに朝ドラや大河を見て時間をつぶしたり、採血に呼ばれたり。
診察は確か15時前辺りだったと思う。
初めての米村先生。
紹介状や画像を見られ、『ちょっと横になって』と張りつつある腹をさわり『ここ痛い?ここやな?』みたいなことを言いながら確認された後、『画像で確認できる癌が3つある。一番大きいのが2.5cmくらいかな?手術で取りましょう』とあっさり。
『しばらくIRIS(TS-1+イリノテカン)して5月くらいに手術しましょう。IRIS聞かなければ、手術は早めましょう』的な感じで診察が終わり、詳細は隣のNPO法人と相談するようにとのことで診察室を出た。
そうそう、部屋を出る前に腹膜関連の資料を出し、『今の主治医の名前は?』と聞かれ答えると、資料の表紙裏に名前を記載し、『これ渡してあげて』的なことを言われ手渡された。
その後、隣の部屋にいらっしゃる勝谷さんとお話させていただき、手術は確かにリスクは伴うこと、評判等様々なお話しをこちらの質問にもお答えいただきながら、聞かせていただいた。
ただ一番印象に残った言葉としては、『抗癌剤では治らない。でも手術なら治る。』
何だかかんだで1.5H近くお話させていただいたと記憶している。
その後、IRISは次回からだと思っていたら、早速イリノテカンの投与とのことで、点滴終了が20時近くになり、TS-1も受け取り、結局帰宅は22時近くとなった。

結局色々迷いながらも、当日イリノテカン投与を受けたことも、気持ちはやはり手術だったのだろう。
とは言え、その時点でもまだ迷いは消えてはいない状態のままなのだが。
関連記事
スポンサーサイト

コメント

米村先生の事、まったく存じ上げなかったのでネットで検索させていただきました。
確かに、迷いますね。
私も「手術不可能」と言われている身としては「手術できますよ」と言われるならば、賭けてみたい気持ちがあります。
手術にリスクはつきものではありますが…
ご自身の価値観、ご家族との話し合いで方針が決められますことを祈っています。

>harusameさん
コメントありがとうございます。
本当に今でも迷っている自分がいます。
でも決めるのも自分。
家族のことも考えて、手術することに決めました!
今腸閉塞もあるのですが、何とか頑張って行こうと思っています!
これからもよろしくお願いします!!
非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。