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プロフィール

new.K

Author:new.K
2009年7月直腸癌宣告
⇒放射線治療後10月手術。
2012年4月肝転移宣告
⇒FOLFOX後12月手術。
そして2014年1月腹膜播種の宣告を受ける。
4/1草津総合病院にて手術を受け、永久ストーマになるもなんとか命を繋いでいただきました。
感染症と戦闘後草津を退院し、現在抗癌剤治療中。
草津でFOLFOXを1回実施後、池田病院にてXELOXに変更したが、オキサリプラチンのアレルギー反応にて断念、IRISに変更するも肉芽皮膚転移より効果が出ていないことより中止。
そしてVB&FOLFIRIに変更。
副作用にて食欲ダウン⇨体重ダウンでヘロヘロとなり業務継続不能なるも在宅高カロリー対応でなんとか継続投与していたが、腸に孔が開き投与中断。
現在ストーマ再建の為、草津にて入院・検査・静養中。

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別離の時

このブログにご訪問いただいた皆様。

new.Kは、平成27年5月17日、残念ながら永眠いたしました。

アディショナルタイムの奇跡の逆転を信じ、

その第一歩であるストーマの再建に向け、

体力の回復を目指して頑張ってまいりましたが、

力及びませんでした。


葬儀は本日滞りなく終了し、

立派に送り出す事が出来ました。


これまでnew.Kを応援し、励まして頂きました皆様、

本当にありがとうございました。


故人、並びにご遺族に代わりまして、

御礼申し上げます。


平成27年5月21日
親友のA
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チャンスある限り

先日米村先生に連絡して、妻がT先生に言われたことを伝えた。

ひとこと。
簡単に言うと、帰らないと言えば良い。手術は病棟を往復歩けることが出来るくらいになればする。
と、心強いコメントを頂いた。

現在リハビリ中でなかなかハードではあるが(膝の筋力、呼吸機能の回復がKey)、あと2週間でそれくらい歩こうと思ってる(甘い?)ので、基本草津から地元へは帰らない方向で考えようと思います。

T先生は最後に掛かる場合、地元(神奈川県)に戻るか、?戻らないか?の判断を誰がしたか?を揉める場合があり、そこをはっきりしておきたいらしいと妻は言っていた。未だ僕には直接話されはしないが、過去事例からのリスクマネジメントなのだろう。草津での担当患者は自分で判断するのだろうから。

とにかくチャンスがあるなら、僕は出来る限り掛けたいと思ってる。

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追い討ち

昨晩妻がT先生に呼び止められ簡単に言うと、
・自分はもう治らない
・地元に戻ることをもう一度考え直さないか?
と言われた。
米村先生の可能性に賭けて草津に留まったのに、どうも2人の歩調が合っていないf^_^;

何れにせよストーマ再建できる程の体力回復が前提なので、今週からリハビリに努めてることを自分は継続するしかない。
T先生曰く、自分の状態から体力を回復して手術まで出来た人は居ないそうだ。
しかしながら、自分は治る治らないを考えるのではなく、治るための行動をしているのだから、また水を差された形だ。なんだか白けてしまったよ。
また気持ちを上向きにしないと行けないなf^_^;

とは言え、考えなくてはいけないね。
僕的にはもう一度米村先生に確認する事を前提に
近々に体力が戻らないなら、一度戻ることを考えようかとも思ってる。
戻ってT先生の想像以上に回復して、出来るだけ早く手術に漕ぎ付けることを考えたい。
でもそれなら戻る必要あるのかな?
等々を考えようと思います。


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出した結果

先々週『余命宣告』と言う日記を書いた。
あれから2週間経ったんだ。
僕としては最終主治医の米村先生のジャッジを聞かないと納得いかないので面談を依頼し、水曜にセッティング頂き、結果可能性はあるとのことで、それに掛け草津に残ることにした。
それが正解かはわからないし、結局今現在は状況はかわらないけど、堕ちかけた心をもう一度持ち上げて少しでも変化を起こし頑張ろうと思った。

面談前日の火曜は子供達や義父、義兄、親友のAくんも来てくれたため、T先生から再び念押しの説明がありもう皆潰れかけたけど、水曜の米村先生の面談でなんとか復活することが出来た。
それから色々な友人たちがお見舞いに駆け付けてくれ、何だかあっと言う間の一週間だった。
来てくれた友人たちにはホント感謝だ。
皆の笑顔、ぬくもり、言葉にどれだけ救われたか判らない。
メール、メッセージも沢山頂いた。
一件一件返せてないけど、皆の言葉、励ましにも随分助けられた。ありがとう。

そして出した結果は、
可能性に掛けて草津に残り頑張る
と言うこと。

今日もT先生から積極的治療はないと念押しされたが、状況を変えるにはとにかく自分としては体力回復しかない。
意識的に何かしないといけない。
それを自分の課題として、これから生きるエネルギー作りに勤しまないと。

これから先どうなるかわからないが、頑張ろうと思います。
引き続きよろしくお願いします。
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余命宣告

今日妻も呼ばれ、これまでの検査結果と今後のことがT先生から話された。

結論から言うと、
・余命はほぼ2〜3カ月
・積極的治療は不可
と言う厳しいものだった。

ストーマ再建→食事体力アップ→抗癌剤再開の積極的プランの猶予も体力も残されていない&リスクが高すぎると言うのが医療団の最終判断だった(含む米村先生、T先生)。

上記プランを目指して頑張っていただけに、T先生の話しは正に晴天の霹靂だった。

草津に残るか?地元に戻るか?週末に決めてくれと。
戻るなら体力的に今しかないとのこと。
それにはまず受け入れ先を探すことだ。
2ヶ月なら…戻るよな。
早速バタバタする予感。

突然の宣告に、妻は動揺&涙、俺はまだ現実と受け止められず涙も出ずと言ったところ。

とにかく明日考えてみよう。
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